山口地方裁判所 昭和27年(行)13号 判決
原告 信田イヨ
被告 山口県知事
一、主 文
被告が、小野田市大字西高泊字高須三千三百五十番地の宅地八十三坪につき、昭和二十七年七月十日附買収令書を原告に交付して為した処分を取消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
二、事 実
原告訴訟代理人は主文同旨の判決を求め、請求の原因として次のように述べた。
主文第一項掲記の宅地はもと原告の亡失信田久之助の所有であつたが、これにつき訴外小野田市農地委員会は昭和二十三年十二月三日訴外上田章より為された自作農創設特別措置法(以下自創法という)第十五条第一項による所謂附帯買収の申請を相当と認めて買収計画を定めた。その後昭和二十四年十一月四日右久之助が死亡したので原告が相続により本件土地を所有するに至つたのであるが、被告は前記の買収計画に基き昭和二十七年七月十日附買収令書を同年同月十六日原告に交付してこれを買収した。しかしながら本件買収処分は次に述べる理由によつて違法であるから原告はその取消を求める。
一、右久之助は前記買収計画に対し小野田市農地委員会に異議申立をしようとしたところ、同委員会書記原田某に暴力を以つてこれを妨げられたので異議手続を経ずに昭和二十四年五月二十日山口県農地委員会に訴願した。しかるに同委員会は訴願の取下をしないに拘らず訴願が取下げられたと称して現在に至るまで裁決をしていない。従つて本件買収処分は前記買収計画に対する訴願裁決が為される以前に行われたものである。
二、前記上田章は本件土地につき何等の権利をも有しなかつた。
三、同人は昭和二十四年六月二十一日死亡し、その相続人たる上田章博は同年秋頃章が自創法によつて政府から売渡を受けた小野田市所在農地の耕作を止めて一家を挙げて小倉市に移住したので本件土地はこれを買収する必要がなくなつた。
四、本件土地は登記簿上は宅地となつているが実際は畑である。
五、本件土地の南側に原告の住家及び納屋があるが、その南側前庭は狭い上にその前の家が蔭をするので日当りが悪く農産物の乾場として不都合である。それで原告は住家南側前庭を広くする為近く右住家を本件土地の上に曳いて本件土地を右住家の敷地として使用する必要がある。
六、本件土地は前記のような位置、環境にあるから買収を不適当とする。
被告指定代理人は「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする」との判決を求め、次のとおり答弁した。
原告の請求原因事実中本件宅地がもと原告の亡父信田久之助の所有であつたこと、同人が原告主張の日死亡したので、原告が相続によりこの所有者となつたこと、本件宅地についての自創法第十五条による買収計画樹立、買収令書の交付が原告主張の経過で行われたこと、右買収計画に対し久之助は異議手続を経ることなしに原告主張の日訴願したこと、及び上田章が原告主張の日死亡し、その相続人たる上田章博はその主張の頃章が自創法によつて政府から売渡を受けた小野田市所在農地の耕作を止めて一家を挙げて小倉市に移住したことはこれを認めるが、その他の事実はこれを争う。本件宅地の買収計画は昭和二十三年十二月三日定められ同年同月十一日から同年同月二十日迄の十日間縦覧に供されたが、この間久之助は異議申立を為さず、同人が山口県農地委員会宛訴願書を経由庁たる小野田市農地委員会に提出したのは訴願期間を著しく経過した昭和二十四年五月二十日である。それで山口県農地委員会は昭和二十五年四月十四日右訴願を不適法として却下し、右決定書謄本は同年五月八日原告宛送付したから遅くとも同年同月十二日迄には原告に交付されている筈である。仮に右訴願に対する裁決が現在に至る迄為されていないとしても、右訴願は前述のように不適法なものであるから右の事実の故に本件買収処分が違法とはならない。本件宅地は上田章が久之助から昭和二十年秋頃この上にある堀立小屋を朝鮮人某から買受けると同時に久之助から建物所有の目的で賃料不詳、期間の定めなしに賃借したものであり、仮に賃借したものでないとしても使用貸借によつて借りたものである。知事が所謂農地附帯物件を買収するには市町村農地委員会が定め、都道府県農地委員会の承認した買収計画に基いてそのまゝ買収令書を交付するのが建前であつて、知事としては農地調整法第十五条の二十八の規定により農地委員会の議決が違法又は著しく不当な場合、その後一ケ月以内に所謂再議命令を発してその是正を求めることができただけであるから、右買収処分の適否は買収計画樹立当時の事情によつて判断さるべきものであつて、その後の事情変更を参酌すべきものではない。しかも本件の場合小野田市農地委員会が買収計画を立てたのは昭和二十三年十二月三日であるのに上田章が死亡したのは昭和二十四年六月二十一日であり、又信田久之助から為された前記の訴願は不適法として却下せざるを得ないものであつたから、被告は右買収計画乃至訴願の裁決に対し再議を命ずることができなかつたのであつて、右買収計画に従つて本件買収処分を為る外はなかつたのである。しかして本件買収計画樹立当時上田章は本件宅地にその住居たる前記堀立小屋及び農業収穫物収納用の納屋を所有して専ら農業に従事していたから、本件宅地は同人の農業経営の為に必要だつたのであつて本件買収処分に違法の点はない(証拠省略)。
三、理 由
小野田市農地委員会が原告の亡夫信田久之助の所有であつた本件宅地(これが実際に宅地であるか否かについては争いがある)につき、昭和二十三年十二月三日上田章から為された自創法第十五条第一項による附帯買収の申請を相当と認めて買収計画を定めたこと、昭和二十四年十一月四日右久之助が死亡したので原告が本件宅地の所有者となつたこと、被告が前記買収計画に基き昭和二十七年七月十日附買収令書を同年同月十六日原告に交付して本件宅地を買収したことは当事者間に争いない。そこで本件買収処分が違法なりや否やを考察してみるに、右買収計画樹立後、本件買収処分の為される以前である昭和二十四年六月二十一日右上田章が死亡し、その相続人たる上田章博は同年秋頃章が自創法によつて政府から売渡を受けた小野田市所在農地の耕作を止めて、一家を挙げて小倉市に移住したことは被告の認めるところである。しかして自創法第十五条第一項第二号所定の宅地等のいわゆる附帯買収も同法第一条に定める耕作者の地位の安定等の目的達成の為のものであるが、それは同法による解放農地の売渡を受けて自作農となるべき特定の者がその賃借権等を有する宅地等を売渡農地の経営に必要とする場合、これをその者に売渡してやる為――その者の申請に基いて――これを為す趣旨と解されるのであつて、当該宅地等がこれについての買収計画樹立当時売渡農地の経営に必要であつたとしても、その後買収令書交付以前に当該特定の自作農となるべき者又はその相続人が当該売渡農地の耕作を止めてしまい、その結果右の必要がもはやあり得なくなつた場合は当該宅地等を買収することは、その目的から見て無意味となるわけである。被告は農地附帯物件の買収処分の適否は専ら買収計画樹立当時の事情を基準にして判断すべきものであると主張するが少くとも自創法第十五条第一項第二号所定物件の附帯買収について買収計画樹立後に右に述べたような事情変更が起つた場合これを無視して買収手続を続行することは許されないものと解するのが正当であり、知事がかゝる事情変更に即応した再議命令をその期間の制約上発する余地のない場合でも知事は買収計画に絶対的に拘束されて買収処分を為さねばならぬものとは考えられないから右に述べたところに変りはない。されば本件は正に右に述べた場合に該るわけであるから本件宅地の買収処分は爾余の点を判断するまでもなく適法である。
よつて原告の本訴請求を理由あるものとして認容し、訴訟費用については民事訴訟法第八十九条を適用し主文のとおり判決する。
(裁判官 河辺義一 榧橋茂夫 宮崎富哉)